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 日本の都市の中で、歴史と文化の美の集積と、自他共に認められる古都京都に、海外からの賓客をお迎えする「京都迎賓館」。京都御苑の一画に平成17年(2005年)に建設されました。、この度、通年一般公開されたのを機に訪ねてきました。この迎賓館は、京都の最高の伝統和風建築技術の粋を集め、建設されたものです。

 

  入館者に渡されるパンフレットです。

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 寺町広小路の「梨木神社」横の「清和院御門」を入って「大宮御所」の築地塀に沿って「迎賓館」に向かいます。

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 迎賓館の「南門」に沿った木立の中の散策路を「正門」に歩を進めます。

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  西側の「迎賓館正門」です。賓客の車列ははこの門を潜って「正面玄関」に向かいます。

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 「正門」に続く「築地塀」です。

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   「正面玄関」前から「正門」を眺めたところです。

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  「正面玄関」です。左右に下足箱、前面に傘立てが見学者のために臨時に設置されています。もちろん、賓客をお迎えする時には取払われ、スッキリした玄関になるでしょう。

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  「正面玄関ホール」です。「玄関扉」は欅の1枚板が使用されています。

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  ホールから続く「聚楽の間(じゅらくのま)」です。ロビーとして使用される部屋で、待合という性格を持っています。

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  「京指物」の技能と「西陣織」を組合された「安楽椅子」が並んでいます。

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   庭に面して廊下(広縁)が回廊となっています。回廊を通り「夕映の間」にいきます。

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 「夕映えの間(ゆうばえのま)」は大臣会合などの会議や、立礼式のお茶のもてなし、晩餐会の待合として使用されます。東西の壁面に、縦23m横8.6mの綴れ織りが飾られています。日本画家の箱崎睦昌氏の原画を基に、龍村美術織物の制作です。。広縁から夕映えの間を見ています。

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  東壁面は、京都の東にそびえる霊峰「比叡山」を月が照らす様を描いています。

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 「夕映の間(ゆうばえのま)」です。西方向です。

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  西壁面の「愛宕夕景」です。京都の西、秀麗な「愛宕山」に夕日が沈む様を描いています。比叡と愛宕、両山の夕景から「夕映の間」と名付けられました。

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  「夕映えの間」の正面「明り障子」を開けると、白壁に囲まれ波紋の姿を現した白砂の石庭があり、中央に陶芸のオブジェ(八代清水六兵衛作)が置かれています。中央の広い日本庭園に対し、坪庭の対比が目を惹きます。

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   「夕映の間」から眺める、庭園です。

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   「夕映の間」から眺める日本庭園です右回廊に見えるのは「藤の間」です。

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   青鷺(アオサギ)が池に舞い降りてきました。

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   「広縁」を回り、藤の間へ向かいます。

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  「藤の間」です。迎賓館で最も大きな部屋で、洋食の晩餐会や、歓迎式典の会場として使用されています。櫛型のテーブルで60名、円卓の場合120名の会食ができます。

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 「舞台」です。舞、能、琴そして雅楽など日本の伝統文化が披露されます。

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 「舞台」の「桧扉」には金箔とプラチナ箔を使用した繊細な紋様と、技術を駆使した「截金」(きりがね)が施されています。重要無形文化財保持者 江里佐代子さん制作です。

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  壁面装飾「麗花」は日本画家 鹿見喜陌氏(しかみきよみち)の下絵を基に、綴織で縦3.1m横16.6mです。櫻、藤、牡、丹菊など日本の四季の花々が咲き乱れている様を描いています。川島織物制作です。

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  「櫛型」のテーブルが設えてあります

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  「格天井」を思はせる天井照明です。

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   「藤の間」と廊下を隔てる「欄間」の組格子

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  「藤の間」の長押の「釘隠し」で錺金物は社寺仏閣に使用される京都ならではの伝統工芸で、結び目のデザインです。

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  「藤の間」からの日本庭園の眺めです。

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 「廊橋」を隔て部屋からの庭園の眺めが変化しています。

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  「藤の間」と「桐の間」との中間に設けれた「厨房」です、

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  「桐の間」です。京料理を提供する和室で、56帖あり、賓客24名までお迎えする事が出来ます。

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  長さ12mの「座卓」は漆黒の継ぎ目のない美しい艶を見せています。

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   「桐の間」の長押の「五七の桐」の釘隠しです。

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   「桐の間」から見る庭園です。

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  「廊橋」(ろうきょう)東西の建物をつなぐ橋です。この橋を境に、池の水深が変わっており、北側の池には錦鯉が泳いでいます。

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  「廊橋」から見る南側の池です。

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  同じく北側の水深の深い池です。

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    2004年10月の「新潟中越地震」で壊滅的な被害を受けた「山古志村」の錦鯉生産地から移されてきたものです。

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  「廊橋」の天井板の東西の両端に4ヶ所(トンボ、スズムシ、チョウ、キリギリス)の透し彫りが施されています。ガイドさんの説明がないと、見過ごしてしまうような小さな彫りです。スズムシです。

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  「トンボ」です。

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  「廊橋」を渡ると「船泊まり」になっていて、和船がつながれています。和船に乗り、池を周遊することが出来ます。平安貴族の「船遊び」を再現できます。ブータン国王夫妻も経験されたようで、その時の写真が飾ってあります。

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  和船の船泊りを最後に、ぐるりと建物を一周し、正面玄関に戻ってきました。そして、地下の受付に戻り解散です。「迎賓館」を出ると広い「京都御苑」が静かな佇まいを見せていました。

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 京を中心とした伝統技能の匠の技を集大成し、建設された現代和風の迎賓館です。微に入り細に入り、伝統技能を凝らした建物ですが、果たしてどこまで賓客として、お招きした方々に理解してもらえるか疑問ですが、京都に生まれ育った自分としては、後世に残る名建築として嬉しく拝見することができました。

 概要 敷地面積 20.140㎡ 鉄筋コンクリート造 地下1階地上1階(一部2階)     入母屋造 建築面積 約8.000㎡ 延床面積約16.000㎡ 

 

 

 引接寺(いんじょうじ)は正式寺名より通称「千本閻魔堂」でよく知られ、多くの人々の信仰を集めています。かって京都の三大風葬の地であった、化野、鳥辺野、蓮台野、その蓮台野の入口にあたり、千本鞍馬口にあります。百人一首で名高い小野篁卿(802〜853年)は、この世とあの世を行き来する神通力を持つとされ、昼は宮中に、夜は閻魔大王に仕えたとのいわれから、「精霊迎えの法」を授かり、その根本道場として篁卿自ら閻魔法王の姿を刻み、建立した祠が閻魔堂の開基といわれています。京都では、お盆に水塔婆を流し「迎え鐘」をついてその音にのって「おしょらいさん」とご先祖の精霊をお家に迎えします。その盂蘭盆行事に8月14日夜に六斎念仏が奉納されます。

 

   「千本通り」に面した入口です。

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   本堂「ゑんま堂」です。

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  本尊「閻魔法王」です。怖いお顔から恐れられていますが、実は人間界を司る、私達を三悪道にに行かせないための身近な仏様です。長享2年(1488年)仏師定勢により刻まれました。

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  「鐘楼」です。毎年8月のお精霊迎えの行事に「迎え鐘」「送り鐘」として撞かれます。

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   「梵鐘」(文化財)です。高さ148センチ、口径82センチです。南北朝時代の康歴元年(1379年)の刻銘があります。

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  「童観音」です。子供たちの災禍、除難を念じて建立されました。

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   「紫式部供養塔」(重要文化財)高さ6m 花崗岩製です。境内の西北隅に建てられています。南北朝時代の至徳3年(1386年)円阿上人の勧進により建立されたという銘刻があります。

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   「地蔵供養池」です。卒塔婆を流すことができます。

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   「千本六斎念仏」(無形民俗文化財)は、京都の14の六斎念仏保存会の一つで、他の保存会共々、8月のお盆を中心に活動しています。奉納は14日の午後7時から始まりました。京都の六斎念仏は、平安時代、空也上人が始めた空也踊躍(ゆうやく)念仏が始まりとされ、念仏踊りが中心の念仏六斎と 、音曲演技を取り入れた芸能六斎の二つに分類されます。今夜奉納される千本六斎は、芸能六斎に属しています。

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  「発願念仏唱和」から始まりました。

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   「保存会」の小さい子供さんが、四つ太鼓を一生懸命叩いています。微笑ましい姿です。

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  「四つ太鼓」の曲打ちです。

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   「祇園囃子」です。鉦や太鼓、笛など、祇園囃子を取入れ、楽しげに太鼓を振りながら踊る様は、見物客を引き込んでいきます。

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  同じく祇園囃子の中に組込まれた「奴姿」の「雀踊り」です。sen26.JPG

 

   「太鼓踊り」「堀川猿回し」です。

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    「引き抜き手踊り」「さらし」です。

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   「獅子と蜘蛛」 まず「獅子太鼓」です。

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   「獅子」の登場です。軽妙な仕草で跳ね踊り、「獅子舞」を演じ拍手喝采です。

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   難しい三段重ねの「碁盤」の上での宙返りなど、見ていてもハラハラします。

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   地元西陣織の金襴の衣装が華やかな「蜘蛛の精」が登場してきます。

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    「獅子と蜘蛛の精」の華やかな立ち回りです。

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    最後は獅子の「攻め太鼓」です。

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   「結願念仏ご挨拶と阿弥陀打ち」で無事目出度く終了です。

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 当初、宗教色の濃い念仏踊りが、江戸時代、京の町で広まった歌舞伎、能、狂言、祭囃子、神楽など芸能を取入れて、娯楽や楽しみが少なかった時代に、町衆に広く支持されてきたことがよく理解できます。鉦、太鼓、笛の音色と素朴な踊りとが相まって、演者と観客との一体感が醸し出されてあっという間の2時間が過ぎました。伝統芸能の保存と継承という熱意と市民の協力でこの素晴らしい芸能が将来に引継がれていくことを願っています。

 

 

 

 

「白雲神社」の例祭

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 白雲神社(しらくもじんじゃ)は御所(現在の京都御苑)の西南、蛤御門を入って梅林の東側、西園寺邸跡の敷地にあり、旧西園寺家の鎮守社です。このあたりに九条池、宗像神社、そして白雲神社と隣接しており、小さい頃はそばに住まいしていた関係で、私たちの格好の遊び場になっていました、久し振に例祭に訪れてまいりました。

 白雲神社は祭神は妙音弁財天といわれた市杵島姫命で、琵琶を家職とする西園寺家に楽神として伝えられ、西園寺公が金閣寺を造営する際に妙音堂として建立されたのが始まりとされています、明治11年になって、神仏混淆の作法を神式に改め、社号を白雲神社とされました。

 

  例祭を伝える「張紙」です。

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  右に入ると「白雲神社」への正面参道です。左手は梅林と桃林です。

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  正面参道です。白雲神社は神域はこぢんまりしていますが、周囲は鬱蒼とした御所の森に囲まれて、神社としての神聖な雰囲気を醸しだしています。

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   南側からの「参道」です。

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    「南門」です。

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    「拝殿前」です。

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    例祭が執り行われる「拝殿と本殿」です。

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  「本殿」内の「祭壇」です。

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  楽の上達などを願う琵琶の絵馬が奉納されています。

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     「稲荷社」です。

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    この日、同じく「稲荷社」での例祭も行われました。

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    「拝殿内」の準備です。

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    いよいよ例祭の神事が執り行われます

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    全員神主さんのお祓いを受けます。

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    神事が終わり、「白拍子舞い」の奉納です。

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   「白拍子舞い」は平安末期から鎌倉時代にかけて行われた歌舞で、女性が頭には高烏帽子、緋の長袴に白の水干、太刀を吊り、男装をして扇をかざして舞いました。平家物語に登場する祇王、祇女仏御前が舞ったとして有名です。

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   奉納を終えた「白拍子姿の井上由理子さん」が琵琶を手に拝殿を退出します。

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   続いて「茂山千五郎社中」の「茂山宗彦さん井口竜也さん」による狂言「舟船」奉納をが行われました。狂言「ふなふね」は主人の供をする太郎冠者と主人との舟(ふな)と船(ふね)との、歌を歌ったり、謳いを謳ったりとの軽妙なやりとりの狂言でした。

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    主人 「井口竜也さん」です。

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    太郎冠者 「茂山宗彦さん」です。

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  久し振の白雲神社でしたが、今も昔も変わらぬ佇まいに、少年期の思い出を重ね合わせ、素晴らしく有意義なひとときでした。

 

 

 京都市内の「PARASOPHIA」の他の展示場へと、ガイドブックを携帯して、てくてくと歩いてきました。

 

  「PARASOPHIA」の100ページ近い無料のガイドブックです。

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   ❶ まず最初は、烏丸通三条の「大垣書店」のショーウィンドーです。「リサ・アン・アワーバック」1967年 アメリカ・ミシガン州生まれ、ロサンゼルスを拠点に活動しています。

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  「この織機を持って失せろ」2009年の作品を展示しています。産業革命で機械化が進む18世紀のイギリスで、手仕事の機会を失う事を恐れた労働者が起こした織機破壊運動と、富の再配分を行ったロビン・フッドの物語を融合して生まれた作品とのことです。

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   「京都芸術センター」(元明倫小学校)中京区室町蛸薬師 正面玄関です。

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  「アーノウト・ミック」1962年 オランダ・フローニング生まれ、アムステルダムを拠点に活動しています。元小学校の講堂に展示されています。無音のマルチチャンネルビデオを、連続した壁面に投影しています。ブラジルでの宗教儀式を撮影したドキュメンタリー映像と、300人の俳優を使っての映像を組合せて呈示しています。無音でありながら映像を追いながら、異様な熱気と高揚感が自分の中に音を生み出していくように感じられます。

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    「BAL建築現場」中京区河原町六角 建築現場の仮囲い壁面です。「ルイーズ・ローラ」 1947年アメリカニューヨーク州生まれ、ニューヨークを拠点に活動しています。京都市美術館に展示されている、同じ手法のトレース作品です。いつも人々の雑踏する繁華街ですが、しばらく見ていても関心を寄せる人はなく、ただ通り過ぎていくのみです。   

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   「堀川団地(上長者町棟)」上京区西堀川上長者町 堀川団地、上長者町棟の展示室です。老朽化して解体予定の団地で、1階の商店部分は営業しているところもありますが、居住者はありません。再訪してようやく探し当てた展示場です。3ヶ所の展示室がありますがその内の一つを紹介します。

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  「ビビロッティ・リスト」1962年 スイス・グラーブス生まれ、チューリヒを拠点に活動しています。団地の3階の2室を使用して、二つのプロジェクションを見せてくれます。一つは和室の天井いっぱいに映像が写し出され、鑑賞者は寝ころんで天井を見上げたり、あるいは壁にもたれたりしながら豊かな色彩の美しい映像を見入ります。それはまるで母親の胎内にいるということはこのようなことかも知れないと、思はせるような暖かく包み込まれるような、穏やか気持ちにさせてくれます。

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   もう一つの和室には布団が敷かれていて、その上布団に女性が宇宙の空間を舞い踊るような映像が投影され、ファンタジックな世界を垣間見る気分でした。

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    「河原町塩小路周辺」下京区京都芸術大学移転予定地 「フランツ・ヘフナー 1970年 ドイツ生まれ。 ハリー・ザックス」1974年ドイツ生まれ。両氏ともベルリンを拠点に活動しています。京都市美術館にも同作家の展示があります。この展示場も目印もなく、再訪してやっと探し当てました。

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  元の祟仁小学校などの、使用されない用具などを寄せ集めて制作されたオブジェです。どのような意図なのか理解できませんが、今、巷で問題になっている、いわゆるゴミ屋敷も、付近の人々にとっては、非常に不快で、火災の心配や、衛生上も悪く、はた迷惑な問題でも、屋敷の住人にとっては、その一つ一つがそれまでの生きた証しであり、生き様でもあるのかなと、このオブジェを見てふっとそんなことを感じました。

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   ❻「京都文化博物館 別館」(元 日本銀行)国重要文化財で明治39年(1906)に竣工しました。 中京区三条高倉 正面玄関です。

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  旧の日本銀行の建物らしく堅牢なカウンター(仕切り壁)と、豪華な意匠が目を惹きます。また、元の営業室がホールとして、いろいろな催しが行われています。

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  天井のの凝った意匠と造作も一つの芸術作品の趣があります。

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  階段の手摺にも風格があります。

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  「森村泰昌」 1951年 大阪生まれ、大阪を拠点に活動しています。美術史上の名画や人物などをモチーフにした、写真作品を一貫して制作しています。今回の展示では、ベラスケスの「ラス・メニーナ」を題材にして展開しています。

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  今回の「PARASOPHIA」では珍しく写真撮影が一部を除いて自由となり、その芸術作品の一端を紹介する事ができました。

 

 

 

 

 

京都御苑「拾翠亭」

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 京都御苑の南側、丸太町通りの間之町口を入ったすぐ右に、もと五摂家の一つ九条家の別邸「拾翠亭」(しゅうすいてい)があります。この間之町口の前で生まれ育った私にはこの拾翠亭は特に思い出も多く感慨深いものがあります。子供の頃は、今でいう京都御苑はすべて「御所」で呼び習わし、間之町口は門はなくとも「間之町御門」と呼んでいました。戦前、戦中、戦後はこの拾翠亭は荒れ放題で、木々は生い茂り鬱蒼としていてお化け屋敷と僕らは呼んでいました。夏の夜には恰好の肝試しの場所となり、間之町御門から拾翠亭の横を通り、九条池の高倉橋を渡り、池に突き出た厳島神社の鈴を鳴らして一周して帰ってくるというもので、怖くて全力で走って帰ってきた、今にして思えば怖くて楽しい思い出の一つでもあります。この建物は江戸後期に建てられたもので、主として茶会や歌会などの社交の場として利用されたものといわれています。現在も一般に開放され、お茶会などに利用されています。

 

  案内パンフレットです。

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  「間之町口」からの入口です、昔はこのような生け垣はありませんでした。

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   入口の「門」です。

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  右手の塀沿いの道から入っていました。右の道は九条池への道です。

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  建物は数寄屋の2階建ての書院造で、一階は十帖の広間の茶室と控の間、更に北側に三帖の小間があります。

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  「広間」には九条池に面して広縁が設けられています

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  「九条池」に面して広縁が設けられていて、開放的です。

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   「広縁」から眺める「九条池」です。

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  「二階の座敷」の床の間です。

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   正面「高倉橋」、左には池に突き出て「厳島神社」があります。

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   「九条池」に架かる「高倉橋」です。

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  北側から見る「母屋」です。1階北側の小間(茶室)があります。

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  広間の北側にある「小間」で、三帖中板の席といわれる「茶室」です。広間と小間が隣接して二つの茶室を往来して茶事を楽しんだと思われます。

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  二帖と中板と炉そして一帖の小間(茶室)です。

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  北側「小間」から見る「九条池」です。

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  母屋に少し離れて、庭の一角に「四阿」(あずまや)があります。

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  「四阿」から見た「母屋」です。

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  「四阿」から見る「九条池」は角度が変わってまた趣が違います。

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   反対に東南側からみる、母屋です。広縁と池との取り合わせがよく分かります

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   公開の日程が限られているので、なかなか訪れる機会がありませんでしたが、ようやく見学できました。  この拾翠亭の庭は四季折々いろいろな花が咲き、広大な京都御苑の中に所在することから、野鳥も多く飛来して、野鳥愛好家がカメラや双眼鏡を構えて楽しんでいる姿を見かけます。

 

 

 

 

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