京都の良き伝統を今も保ち続ける西陣界隈、町筋を歩けば、西陣織の機織りの音が、そこかしこに聞こえていた時代は、遠い昔のこととなってしまいましたが、しかし、尚、古くからの京町家を大切に維持しながら、生業を続ける人々が多くおられます。
近年、その町家の持つ良さを再評価しようとする試みが行われていますが、今回、京都の大学の学生さんたちが中心となり、地域の住民の皆さんの協力のもと「都ライト’14」と銘打ち「上七軒通り会場」と「浄福寺通り会場」を点として、その両会場を線で結んでの催しが行われました。
「まず花街の「上七軒」(かみしちけん)を中心に見学してきました。」
当日のパンフレットです。
「北野天満宮の東門」です。この東側に、「五辻(いつつじ)通り」と「上七軒(かみしちけん)通り」が始まります。上七軒通りには、「上七軒」と呼ばれる京都最古の花街があり、北野天満宮と共に発展してきました。
「五辻通り」にある、京町家です。角屋格子に、中二階の漆喰塗りの「虫籠窓」(むしこまど)と典型的な町家です。江戸から明治にかけて建築されたものが多いようです。
同じく「五辻通り」にある京町家です。切子格子で糸屋格子と呼ばれるもので二階には虫籠窓があります。
切子格子です。
染屋格子です。
「鍾馗さん」(しょうきさん)が飾られています。昔は京都の町中のどこの民家にも、玄関上に魔除けとして飾られていました。
昔ながらのお店です。
「上七軒」にある仕舞屋(しもたや)格子の町家です。影絵が微笑ましいです。
昭和初期に多く建てられた「総二階の町家」です。
「上七軒のお茶屋さん」で、仕舞屋(しもたや)格子と千本格子の引き戸、二階には葦のすだれと、シンプルなファサードですね。
糸屋格子の見えるお宅です。
仕舞屋格子から漏れる光が美しいです。
「犬矢来」があります。「つばどめ」ともいわれます。民家の足元が汚れたり、傷ついたりするのを防いでいます。
「上七軒のお茶屋さん」が軒を連ねる「上七軒通り」です。上七軒通りの風情です。新しく町家風に改装されたお宅が多いようです。
丸みを帯びた、竹製の本来の「犬矢来」(いぬやらい)のある料理屋さんです。
格子から漏れて道路を照らす、和かな光が、暖かい雰囲気を醸しだしています。
「千本格子の引違い戸」と、団子を現す上七軒の紋章が鮮やかです。
上七軒にある「北野郵便局」です。付近と調和のとれる意匠にしてあります。
京町家風情の「上七軒のお茶屋さん」です。格子、虫駕窓、そして駒寄せと、しっとりと落着いた雰囲気です。
「浄福寺通り大黒町会場へ」
上七軒界隈の会場を見たあと、「六軒町(ろっけんまち)通り」「上立売(かみだちゅうり)通り」を経て、「浄福寺(じょうふくじ)通り大黒町会場」へ向かいました。六軒町通りでは手製の行灯が、民家の軒先に置かれて、ローソクの淡い光を放っていました。
「六軒町通り」の中二階の町家です。虫籠窓、仕舞屋格子、駒寄せと典型的な京町家です。
同じく「六軒町通り」の中二階の町家です。虫籠窓、炭屋格子、典型的な京町家です。
同じく六軒町通りの民家の軒先に三色の「番傘」が置かれていました。
同じく六軒町通りの民家の軒先に「紡ぎ」と題する、京都造形大学の学生さん制作の「行灯」が置かれています。この灯は糸の道を照らす灯を意図しています。
「浄福寺通り」の「大黒町の会場」です。学生さんが一生懸命、石畳の道路に打ち水をしていました。灯が道路に美しく映えるための演出でしょう。
「大国町」では、ご町内の協力で、各民家の格子から落着いた柔らかな、暖かみを感じる灯が漏れて、道路を照らしていました。ご商売のお宅が多くて、京町家風に改装されていますが、今に生きる西陣の風情が感じられます。
以下の写真は「大国町」の灯の競演です。
西陣界隈には、まだまだ、私が幼少の頃の、京都独特の雅な風情が、今も色濃く残っていることに安堵しました。伝統的な暮しや、仕来りなど、京都らしい風情を少しでも残していこうとする動きが、最近とみに活発になりつつあることは喜ばしいかぎりです。地道に今後も続けていけるよう、京都に住まいする私達も意識改革に務めたいものです。
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