京の街角の最近のブログ記事

 京都の歴史的風土特別保存地域に指定されrている嵯峨野、その一角、広沢池畔に広がる「平安郷」その庭園は約1万5千坪といわれ、例年 春の櫻、秋の紅葉時期に、一般に数日公開されています。昨年は」公開時は桜は開花していなくて残念な思いをしましたが、今年は丁度満開で楽しいお花見ができました。

 

 来園者に配られたチラシです。

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  入口を入ると左に「広沢池」、右に竹林が広がる順路を庭園に向かいます。

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  広沢池畔の櫻並木です。

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  広沢池へ導く小川には、和船が人待ち顔に繋留されています、例年、来園者は順番に船遊びを楽しむことができるようになっていますが今年は中止のようでした。

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  庭園から垣根越しに見える「広沢池」と「嵯峨野」の穏やかな山並です。

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  庭園の中央に位置する、連なった「枝垂れ櫻」の大木です。

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   「枝垂れ桜」の園地を中心に小川が流れています。

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  「枝垂れ櫻」の背後の山は「東山」です。山頂に展望台が設置されています。

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   「東山」の展望台へ、東山の麓には山越古墳群の3基の古墳があります。

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   展望台への山道の樹間から「嵯峨野」の風景が広がります。

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   明るく開けた展望台から、眼下に「平安郷」の全景が眺められます。

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   また、「平安郷」から広沢池背後には、「北嵯峨」の風景を望むことができます。

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   広大な庭園を一巡します。

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    童謡の「春の小川」を感じさせる風景です。

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   水仙も咲いています。

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    「広沢池」から「一条通り」の桜並木です。

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  「平安郷」からの帰り隣接する桜守として名高い「佐野藤右衛門邸」の櫻を観賞しました。

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  佐野藤右衛門さんの桜植栽地のある「一条通り」から「山越え」方面です。

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 京都の桜の名所は数多くあります、しかしどこも観光客で溢れています、でもあまり知られていない桜の名所もまた多くあります、平安郷もその内の一つでしょう。静かに櫻を愛でるには最適ではないかとおもいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

  京都には風光明媚な散歩道が多くあります。人それぞれに、思い思いの散歩道を楽しんでおられる事でしょう、今日は私の好きな気ままな散歩道を紹介したいと思います。

 

    まず、拙い略図ですが、参考にと描いておきました。

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 私の散歩順路所要時間

JR花園駅 スタート ▶ 妙心寺南総門(4分)▶ 妙心寺北総門(11分)▶ 京福龍安寺駅(14分30秒)今小路通(18分) ▶ 龍安寺正門(21分)▶ きぬかけの路(22分)▶ 龍安寺山門(23分) ▶ 今小路交差点信号(28分)▶ 仁和寺仁王門(34分)▶ 金堂(38分)  ▶ 仁和寺仁王門(42分)▶ 御室仁和寺駅(45分)双ケ岡一の丘登り口(47分)▶ こもれびのひろば(49分)はなみのひろば(53分)▶ 双ケ岡三の丘登り口(58分)▶ 法金剛院 門前(60分30秒)JR花園駅(62分)  

  所要時間約1時間(休憩も含まず、歩行時間のみ)

 

     まずスタートは私の自宅から2分余りの「JR花園駅」から出発です。

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       駅前の「丸太町通」を東進します。標識の下部には「妙心寺6分」とあります。

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     早朝の「丸太町通」です。昼間は多くの車が行き交います。「丸太町通」は、戦後、昭和41年(1966年)に円町から「妙心寺前交差点」まで造られた道で、かっては新丸太町通と呼んでいました。その後、嵐山まで延伸されました。丸太町通は西は嵐山、嵯峨野そして東は御所、平安神宮から白川通りに至る、京都市内の東西の重要な幹線道路です。しばらくで「妙心寺前交差点」で二手に分かれます、

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     「妙心寺前交差点」で「妙心寺」へは左の道をとります。

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      妙心寺門前の道路です。

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      「妙心寺南総門」です。左には正式な「勅使門」がありますが、晋山式などの他は、殆ど開かれたことがありません。「花園駅」からここまで約4分です。前面道路は「下立売通」で「新丸太町通」が完成するまでは「西大路通」までの主要道路でした。

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     「南総門」を入ると真直ぐ石畳の参道が「大方丈」まで続いています。

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     参道を進むと左手に立派な「三門」が見えます。

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      「三門」についで「仏殿」「法堂」も見えます。

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      「仏殿」前で左に折れ、妙心寺、「西の参道」へと向かいます。

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      「仏殿」です。

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     「西の参道」には通年公開されている、塔頭の「退蔵院」があります、そこで右に折れ、「西の参道」に入ります。

 

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                         「西の参道」です、この参道を「北総門」まで、道なりに進んでいきます。境内の早朝は勤行のお経なども聴こえ、四季を問わずピーンとした張りつめた冷気が辺りを包み、身の引き締まる思いに駆られます。午前8時頃になると、付近の高校に通学する学生たちや、自転車などで賑やかになります。

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    今度は右に「法堂」が見えます。

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     「鐘楼」です、朝はゴーンと鐘の響きが境内に広がります。

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     右に「妙心寺の伽藍」が、左には「塔頭」が続いています。時代劇のロケに度々登場する場所です。

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     やがて「北の総門」見えてきます、正面の山は「衣笠山」です。

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     「北の総門」です。右に折れると参道が続いていて、「塔頭」が軒を連ね、「妙心寺境内」をひと回りすることができます。「南総門」からここまで約8分ほどです。

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      「北の総門」を出ると「一条通」に出ます。丁度車が進入していくところが「龍安寺参道」です。po20.JPG

 

     角に古い道標(右 龍安寺御陵道)が建っています。

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    この道標を真直ぐ北に上がっていきます。「龍安寺参道」です。po22.jpg

 

       しばらくで、京福電鉄北野線「龍安寺踏切り」を渡ります。右手の奥にホームが見えるのが「龍安寺駅」。「妙心寺北総門」よりここまで約3分です。

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      「龍安寺商店街」が北へと伸びています。

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        「今小路通」に出てきました、ここを左に折れて、すぐに右折れして「龍安寺参道」が続きます。「きぬかけの路」ができるまで、この「今小路通」が「仁和寺」から「等持院」を経て「北野神社」へのメインルートでした。「龍安寺駅」からここまで3分余です。

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     角に古い道標が建っています。この道が賑やかな往来があった事を示しているようです。

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      「今小路通」です、昔ながらのお宅が多く存在します。

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     「龍安寺参道」はここで「今小路通」と別れ、右にとり、北へと進みます。

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     正面に「龍安寺の正門」が見えてきました。

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    「龍安寺正門」です。「今小路通」からここまで3分ほどです。

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     「正門」をくぐり石畳の参道を進んでいきます。

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     「きぬかけの路」に出てきました。昭和38年(1963年)開通の道路で、嵯峨野、大覚寺、広沢池、仁和寺、龍安寺、金閣寺と繋ぐ観光道路となり、観光バスや車がひっきりなしに往き来します。観光道路に「きぬかけの路」と愛称されたのは平成3年に公募され、命名されました、その後、この名称が正式名称となりました。この写真の奥、衣笠山の麓には衣笠球場があり、読売ジャイアンツ対松竹ロビンズのプロ野球の試合なども行われていました、今はその面影は全くなく、知る人も少なくなってきているでしょう。この道路のため、「龍安寺参道」は「きぬかけの路」で分断され情緒が失われたのは残念なことです。

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   「きぬかけの路」から参道を少し行くと「山門」に出会います。

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     「龍安寺山門」です。正門からここまで約1分余です。早朝は閉門されています。ここで来た道を引返し「きぬかけの路」に戻ります。

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    「きぬかけの路」から「正門」を振返ります。

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    「きぬかけの路」を「仁和寺」向って西進します。
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     「住吉山」の麓を巡る「きぬかけの路」です。

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    「御室仁和寺」の築地塀が見えてきました。

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      「御室仁和寺」の「仁王門」です。「龍安寺山門」からここまで約10分です。

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     「仁王門」から広い砂利道の参道を「中門」に、「仁王門」からの眺めです。ゆったりとした大らかな気分にさせてくれる空間です。

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     「中門」です。

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      「中門」から「金堂」への石畳の参道を進みます、静謐な空気が境内を包み込み身が引き締まる思いです。

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      やがて「金堂」へ、いつ訪れても自然と祈りの気持ちをもたらせてくださいます。

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     優美な「金堂」の姿です。お参りして、ここでもと来た参道を引返します。成就山の「御室八十八ヶ所霊場巡り」はこの「金堂前」を左折して「西門」から始まります。

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      「金堂」から「中門」への帰路です。

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     「中門」から「仁王門」へ戻ります。

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    堂々とした風格のある「仁王門」の全景は何度見慣れても圧倒されます。「仁王門」から「金堂」への往復は約8分です。

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    「仁王門」から見る風景です。正面がこれから行く「御室仁和寺駅」背後の丘が「双ヶ岡」です。

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    京福電鉄北野線「御室仁和寺駅」です。ひなびた駅で、駅舎に掲げられた駅名板には、昔ながらの駅名板を使用して旧字体の右読みです。「仁王門」からここまで約2分です。

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     踏切りに丁度電車がやってきました。

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     「双ヶ岡」の「遊歩道」への路です。

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       「双ヶ岡、東山麓」の「遊歩道」への上り石段です、「一の丘」への上り口と兼ねています。「御室仁和寺駅」からここまで約2分です。

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    「遊歩道」に設置されている、指定名勝「雙ヶ丘」(ならびがおか)の解説銘板です。

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     「遊歩道」です。

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     四季を問わず、野鳥の囀りが耳に心地よく聞こえます。

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    公園「こもれびのひろば」です。トイレなど完備しています。「遊歩道上り石段」からここまで約2分です

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    「樹木と野鳥」の解説板も設置されています。

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     このような気持ちの良い「遊歩道」が続いています。

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      早朝から犬の散歩の人や、散歩する人が挨拶を交わしながら通り過ぎていきます。

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    休憩所「はなみのひろば」です。「あずま屋」も設置されて一服に最適です、「こもれびのひろば」からここまで約5分です。

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    「はなみのひろば」の様子です。

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     「歴史的風土特別保存地区」の石碑も設置されています。

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     「三の丘上り口」です。「はなみのひろば」からここまで約5分です。これより「丸太町通」に戻ります。

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     「丸太町通」に戻ってきました。「法金剛院の山門前」です。「三の丘上り口」から約2分余です。

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      「法金剛院」から約2分で最終地「花園駅」に着きました、お疲れさまでした。

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   四季折々の風情を楽しみながら、気ままに歩ける散歩道。その日の体調や、天候によっていろいろなコースを選んでいます。最短コースは、妙心寺一回り約30分、妙心寺から龍安寺に寄らず、今小路通からきぬかけの路に出て、仁和寺を回るコース約55分、妙心寺北総門から、西北に直接仁和寺に行くコース約45分、また、たまに気が向けば仁和寺から成就山、八十八ヶ所霊場巡りをして帰宅コース約2時間(これはちょっと散歩から外れますが)など、また例月25日の北野天神さんの縁日には、妙心寺から等持院に寄って、北野天神さんの露店めぐりを楽しむとか、バリエーション豊かに、気ままな散歩を楽しんでいます。素晴らしい散歩道に恵まれているこの地に、心から感謝する日々です。

 

 

 

 

 日本の都市の中で、歴史と文化の美の集積と、自他共に認められる古都京都に、海外からの賓客をお迎えする「京都迎賓館」。京都御苑の一画に平成17年(2005年)に建設されました。、この度、通年一般公開されたのを機に訪ねてきました。この迎賓館は、京都の最高の伝統和風建築技術の粋を集め、建設されたものです。

 

  入館者に渡されるパンフレットです。

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 寺町広小路の「梨木神社」横の「清和院御門」を入って「大宮御所」の築地塀に沿って「迎賓館」に向かいます。

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 迎賓館の「南門」に沿った木立の中の散策路を「正門」に歩を進めます。

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  西側の「迎賓館正門」です。賓客の車列ははこの門を潜って「正面玄関」に向かいます。

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 「正門」に続く「築地塀」です。

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   「正面玄関」前から「正門」を眺めたところです。

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  「正面玄関」です。左右に下足箱、前面に傘立てが見学者のために臨時に設置されています。もちろん、賓客をお迎えする時には取払われ、スッキリした玄関になるでしょう。

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  「正面玄関ホール」です。「玄関扉」は欅の1枚板が使用されています。

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  ホールから続く「聚楽の間(じゅらくのま)」です。ロビーとして使用される部屋で、待合という性格を持っています。

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  「京指物」の技能と「西陣織」を組合された「安楽椅子」が並んでいます。

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   庭に面して廊下(広縁)が回廊となっています。回廊を通り「夕映の間」にいきます。

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 「夕映えの間(ゆうばえのま)」は大臣会合などの会議や、立礼式のお茶のもてなし、晩餐会の待合として使用されます。東西の壁面に、縦23m横8.6mの綴れ織りが飾られています。日本画家の箱崎睦昌氏の原画を基に、龍村美術織物の制作です。。広縁から夕映えの間を見ています。

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  東壁面は、京都の東にそびえる霊峰「比叡山」を月が照らす様を描いています。

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 「夕映の間(ゆうばえのま)」です。西方向です。

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  西壁面の「愛宕夕景」です。京都の西、秀麗な「愛宕山」に夕日が沈む様を描いています。比叡と愛宕、両山の夕景から「夕映の間」と名付けられました。

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  「夕映えの間」の正面「明り障子」を開けると、白壁に囲まれ波紋の姿を現した白砂の石庭があり、中央に陶芸のオブジェ(八代清水六兵衛作)が置かれています。中央の広い日本庭園に対し、坪庭の対比が目を惹きます。

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   「夕映の間」から眺める、庭園です。

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   「夕映の間」から眺める日本庭園です右回廊に見えるのは「藤の間」です。

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   青鷺(アオサギ)が池に舞い降りてきました。

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   「広縁」を回り、藤の間へ向かいます。

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  「藤の間」です。迎賓館で最も大きな部屋で、洋食の晩餐会や、歓迎式典の会場として使用されています。櫛型のテーブルで60名、円卓の場合120名の会食ができます。

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 「舞台」です。舞、能、琴そして雅楽など日本の伝統文化が披露されます。

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 「舞台」の「桧扉」には金箔とプラチナ箔を使用した繊細な紋様と、技術を駆使した「截金」(きりがね)が施されています。重要無形文化財保持者 江里佐代子さん制作です。

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  壁面装飾「麗花」は日本画家 鹿見喜陌氏(しかみきよみち)の下絵を基に、綴織で縦3.1m横16.6mです。櫻、藤、牡、丹菊など日本の四季の花々が咲き乱れている様を描いています。川島織物制作です。

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  「櫛型」のテーブルが設えてあります

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  「格天井」を思はせる天井照明です。

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   「藤の間」と廊下を隔てる「欄間」の組格子

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  「藤の間」の長押の「釘隠し」で錺金物は社寺仏閣に使用される京都ならではの伝統工芸で、結び目のデザインです。

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  「藤の間」からの日本庭園の眺めです。

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 「廊橋」を隔て部屋からの庭園の眺めが変化しています。

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  「藤の間」と「桐の間」との中間に設けれた「厨房」です、

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  「桐の間」です。京料理を提供する和室で、56帖あり、賓客24名までお迎えする事が出来ます。

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  長さ12mの「座卓」は漆黒の継ぎ目のない美しい艶を見せています。

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   「桐の間」の長押の「五七の桐」の釘隠しです。

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   「桐の間」から見る庭園です。

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  「廊橋」(ろうきょう)東西の建物をつなぐ橋です。この橋を境に、池の水深が変わっており、北側の池には錦鯉が泳いでいます。

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  「廊橋」から見る南側の池です。

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  同じく北側の水深の深い池です。

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    2004年10月の「新潟中越地震」で壊滅的な被害を受けた「山古志村」の錦鯉生産地から移されてきたものです。

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  「廊橋」の天井板の東西の両端に4ヶ所(トンボ、スズムシ、チョウ、キリギリス)の透し彫りが施されています。ガイドさんの説明がないと、見過ごしてしまうような小さな彫りです。スズムシです。

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  「トンボ」です。

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  「廊橋」を渡ると「船泊まり」になっていて、和船がつながれています。和船に乗り、池を周遊することが出来ます。平安貴族の「船遊び」を再現できます。ブータン国王夫妻も経験されたようで、その時の写真が飾ってあります。

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  和船の船泊りを最後に、ぐるりと建物を一周し、正面玄関に戻ってきました。そして、地下の受付に戻り解散です。「迎賓館」を出ると広い「京都御苑」が静かな佇まいを見せていました。

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 京を中心とした伝統技能の匠の技を集大成し、建設された現代和風の迎賓館です。微に入り細に入り、伝統技能を凝らした建物ですが、果たしてどこまで賓客として、お招きした方々に理解してもらえるか疑問ですが、京都に生まれ育った自分としては、後世に残る名建築として嬉しく拝見することができました。

 概要 敷地面積 20.140㎡ 鉄筋コンクリート造 地下1階地上1階(一部2階)     入母屋造 建築面積 約8.000㎡ 延床面積約16.000㎡ 

 

 

 江戸時代の重要な街道の一つであった西国街道、京都の東寺口から摂津西宮まで、向日市、長岡京市、高槻など淀川右岸を通り西宮まで、さらに中国九州の西国へと続き、近世から近代まで陸上の大動脈として、文化社会産業の発展に大いに寄与してきました。その西国街道は、向日市では古くから町の発展に貢献し、街道沿いに多くの史跡や建造物が残されています。

 

 JR向日町駅前の整備に伴い、新しく寺戸川の「深田橋」畔にモニュメントが設置されました。その内の説明板です。

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 「深田橋」畔のモニュメントです。

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  阪急東向日駅前の「築榊講常夜燈」(つきさかこうじょうやとう)のある場所ですが、現在整備中で移転し、工事が済み次第、元の位置に設置されそうです。天保13年(1842年)の建立で、西国街道を往来する人々の安全を見守っていました。

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 「向日町道路元標」大正9年(1920年)に設置された道路元標です。町の中心部に設置され、道路の起点として市町村間の距離標示の原点となったものです。

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  「須田家住宅」京都府有形文化財です。「向日町道路元標」のそば、街道沿いに建っています。屋号を「松葉屋」といい、醤油を製造販売をしていました。この辺りには同じような商家が数多くあります。

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  古い町並みの名残が処々にあります。

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  「富永屋」です。玄関横に説明板が取付けられています。

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  「富永屋」の外観です。富永屋は江戸時代始めから戦後しばらくまで、宿屋、料理屋を営んでいました。江戸中期に建てられた貴重な町家です。

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 「向日神社」です。平安時代の「延喜式神名帳」にも記載される格式の高い古社で、養老2年(718年)に建立されたと伝えられています。中世の向日神社は村の守り神として地域の象徴として畏敬を集めてきました。向日という地名のもとになった神社です。

 「西国街道」に面した参道の「大鳥居」です。

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    大鳥居の左側の「説法石」です。鎌倉時代末期に「日像上人」が、京での布教活動を禁じられ、洛外追放によりこの地でこの石の上から人々に説法したと伝えられています。
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  「大鳥居」を潜ると緑の濃い石畳の参道が長く続いています。

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  長い石畳の参道の奥には、正面には「舞楽殿」が見えます。

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  参道の途中、右側には「勝山稲荷神社」があります。商売繁盛の神様です。

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     「本殿」です。

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   「手水舎」です。18世紀後期に建てられました。

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  参道正面に建つ「舞楽殿」です。

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   「舞楽殿」です。奥に「拝殿」が見えます。

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 「拝殿」です。桁行約9m梁行約3.6m入母屋造りで屋根は向唐破風、檜皮葺きという格式ある形です。

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   「拝殿」の奥に「本殿」があります。向日神、玉依姫命、神武天皇をお祀りしています。

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   「天満宮社」です。天保四年(1833年)建立されました。学業成就の神様です。

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   「春日社」です。弁財天、身代不動尊をお祀りしています。

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   水上勉の「桜森」の舞台となったと言われている「桜の園」からの「元稲荷古墳」を経て、向日神社への参道の鳥居です。

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   桜の参道として静かな参道です、左に元稲荷古墳(勝山公園)が広がっています。

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   「向日神社御旅所」です。上植野町西小路にあります。「向日神社」の例祭の「神幸祭」ではこの地まで鳳輦や鉾など行列が氏子地域を回ってきます。

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    「神輿」が鎮座されます。

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  街道沿いの「南真経寺」(京都府文化財)です。鎌倉末期に「日像上人」の布教により村人が日蓮宗に改宗した信仰の中心です。かって天正末期(1590年)日尭が開いた鶏冠井興隆寺(かいでこうりゅうじ)と呼ばれる東西120m南北140mの広大な境内を持つ寺院でしたが、江戸初期に僧侶の学問所「壇林」を開講するため、南北両真経寺に分割されました。

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     「山門」です。

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   「開山堂」(京都府文化財)です。入母屋造りの瓦葺きの建物です。内陣には「日像上人像」と「十界曼荼羅」が安置されています。

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    「本堂」(京都府文化財)です。宝形造りの瓦葺き屋根で正徳4年(1714年)に建立されました。柱が外側に立っているのが特徴です。

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   「北真経寺」です。正式名称は、日蓮宗「鶏冠山真経寺」です。承応3年(1654年)真経寺を南北に分けて鶏冠井壇林を開き、北真経寺を学問所に、南真経寺を宗教活動の場としました。明治以降は一般の宗教活動の場となりました。山門です。

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   「本堂」(旧の講堂)です。

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      「鐘楼」です。

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    「妙見堂」です。

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    「南門」です。

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   正面に由緒の銘板が置かれています。

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   向日市鶏冠井町の西国街道沿いの「石塔寺」です。鎌倉時代末期、日像上人が向日神社前「法華題目」の石塔のそばにお堂を建てたのが始まりと伝えられています。毎年5月3日の花まつりの「鶏冠井題目踊り」は京都府の無形民俗文化財に指定されています。

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    「山門」です

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   手入れの行き届いた広い庭園の奥に「本堂」があります。

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    「鐘楼」です。

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  「石塔寺」を出て、五辻の信号から西国街道を「一文字橋」に向かうと、歴史の道として雰囲気を感じさせる石畳の道となり、街道筋らしい風致を残し保存している様子が窺えます。

  「街灯」が所々に設置され夜は燈が灯るようです。

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   街道筋の左右に往時の面影を留める民家が並んでいます。

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   虫籃窓や犬矢来のある旧家が見られます。

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  中小路家住宅(国登録文化財)です。江戸から明治時代の旧家です。

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   「中小路家住宅」です。

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向日市の南端、長岡京市に接する「一文字橋」です。橋の袂に西国街道と一文字橋のモニュメントが設置されています。

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  「一文字橋」の由来です。(京と摂津西宮を結ぶ西国街道の小畑川にかかるこの橋は、室町時代ごろから有料の橋都も伝えられる、大雨のたびに流されその架け替え費用のため通行人から一文を徴収したのが橋名の由来といわれる。)

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  橋名には「一文銭」のモニュメントが設置されています。

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 延暦年間(3年〜13年)、長岡京という都が、桓武天皇により平安京遷都までの約10年間、現在の向日市、大山崎町、などに置かれていました。            その長岡京の桓武天皇が政治を治める大極殿や、天皇の居住する内裏、など都の中心あたる場所が長岡宮として歴史的史跡として現在向日市に存在しています。 昭和29年(1954年)より2,200回にわたり発掘調査が行われています。

 

  「史跡長岡宮跡」及び「古墳群」の位置図(向日市歴史まちガイドマップより一部切取り転載しました)

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  「長岡宮跡」を簡潔に分かる、向日市教育委員会発行「長岡宮跡」のパンフレットです。長岡宮の史跡はは向日市(むこうし)の広い範囲に広がっており、その面積は東西1.1km南北1.6kmです。                    多くは発掘調査後は、各史跡場所には展示板が設置されて理解が出来るようにしてあり、現在は公園として利用されています。

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  「朝堂院公園」です。「朝堂院西第四堂跡」(ちょうどういんにしだいよんどうあと)「南門跡、翔鸞櫻跡」(なんもんあと、しょうらんろうあと) 朝堂院は現在の国会議事堂ような施設です。東西に四堂づつ計八堂からなっています。南門には楼閣が二つありました。

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  展示パネルが設置されています。

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  「大極殿公園」です。「大極殿 小安殿跡」(だいごくでん、しょうあんでんあと)です。

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    「大極殿」は瓦葺きで、礎石に朱塗りの柱が建ち、長岡宮の中でも最も立派な建物で、天皇の政務や儀式を執り行う場所でした。

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  史跡跡は公園となっており、市民の憩いの場となっているようです。

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 「朝堂院東第四堂跡」です、(ちょうどういんひがしだいよんどうあと)

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  案内板や石碑がなければ、公園にしか思えない、探すのに一苦労する場所です。

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  「かしのき公園」です。「春宮坊跡」(とうぐうぼうあと)です。皇太子の住居です。大量の木簡が出土しました。

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 「内裏公園」です。「内裏内郭築地回廊跡」(だいりないかくついじかいろうあと)です。内裏は、天皇と皇后と后たちの住まいで、現在の皇居にあたります。

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   「築地跡」(ついじあと)宮殿の境を画する大塀で、幅2.1m推定高4.5mの瓦葺きの土塀跡です。

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   長岡宮由縁の「桓武天皇皇后陵」です。寺戸町大牧にあります。

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   「淳和天皇火葬塚」です。物集女町出口にあります。桓武天皇の第七皇子の淳和天皇の火葬された場所と言われています。

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<古墳群> さして広くない向日市内ですが、京都嵐山から続く向日丘陵が南北に横たわり、その丘陵頂部に幾つかの古墳が点在しています。

 

 

  「物集女車塚古墳」(もずめくるまづかこふん)です。物集女町南条にあり、古墳時代の後期6世紀中頃につくられた前方後円墳です。丘陵を利用して全長約46mあります。横穴式石室は金銅製の冠や馬具、太刀などが副葬され、権力者の墓と考えられています。現在は公園になっています。

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  「寺戸大塚古墳」です。寺戸町芝山にあります。竹林の中にひっそりと佇んでいます。古墳時代前期(4世紀前半)の前方後円墳で、墳丘部分は長さ95m高さ9mです。埴輪が大量に出土しました。

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   この部分は古墳の後円部です。前方部は竹林として現在も利用されています。古墳垣があって中には入れません。

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  「五塚原古墳」です。寺戸町芝山にあります。古墳時代前期の前方後円墳です。特徴として前方部の形が三味線のバチに似ているのでバチ形と呼ばれ、三世紀の有力首長の古墳ではないかと言われています。古墳は全長91.2m後円部高さ8.5mあります。

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   案内図です。古墳のそばに、「大池」「はり湖池」というため池があり、水田用水として鎌倉時代から重要な役割をはたしています。また四季折々の美しい景観を利用して、現在公園として整備され利用されています。

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   右は「大池」です。「はり湖池」との間に遊歩道があり、後円墳の頂上に達することができます。

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  「はり湖山」を登っていきます。

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   後円墳の頂上です。標高69.7mの国土地理院の三角点(中央左の石柱の突起物)が設置されています。

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   勝山公園」です。「元稲荷古墳」が公園の中央にあり、向日市向日町北山にあります。三世紀末頃の前方後方墳で、前方後円墳より地位の低い人物の墓と言われ、後方部は3段築成の方形となっています。古墳は全長92m後方部幅及び長さ約50m高さ約7mとなっています。

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  古墳への階段です。

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  階段を上ると後方に長く奥行きがあるのが分かります。

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 京都市域に接する向日市。京都盆地の南西部に位置して、市域は東西約2㌔南北約4㌔と面積は77.72k㎡と全国でも3番目に小さい市です。しかし歴史的にも多くの史跡や重要文化財が多くあり、急速な都市化の中でその保存に努力されていることに、今回訪れてみて改めて認識しました。

 

 

 

 

 

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