法金剛院(ほうこんごういん)は律宗のお寺で、五位山 法金剛院といいます。
平安時代の始め、右大臣清原の夏野が山荘を建て、死後、双岡寺といわれました、その後の変遷を経て、平安時代の末、大治5年(1130年)待賢門院が法金剛院とされたされています。
本尊は阿弥陀如来(重要文化財)でその他、地蔵菩薩など多くの重要文化財の仏さまをお祀りしています。
また待賢門院が極楽浄土として造園させた、特別名勝の池泉廻遊式庭園が四季折々美しい姿をみせ、特に「蓮の寺」として今の時期、観蓮会が催され、苑池に清楚で華麗な花が咲き乱れ、関西花の寺第十三番霊場として有名です。
昨年に引続いて今年も訪れてきました。
拝観者のためのパンフレットです。
丸太町通りに面した表門です。
表門を入って、左右に広がる中庭を眺めながら石畳の参道を進むと、中門になります。
中門を入ると、右に大きな庭園が広がり、中央の苑池には蓮が池面一杯に広がっています。
唐破風の玄関が池に向ってあります。
その右に礼堂があります。
礼堂の広い縁から、庭を眺めることができます。
この奥に、仏殿があり、ご本尊の阿弥陀如来が祀られています。
平等院、法界寺、と共に「三阿弥陀」といわれた、藤原仏を代表するといわれる素晴らしい仏像群がお祀りされていて、つい花に目が奪われそうですが仏さまの素晴らしさを改めて感じました。
「蓮の花」のいろいろです。
わずかに見える池面から、鯉が姿を見せています。
特別名勝「青女の滝」です。
僧、林賢と静意の作で、平安時代の遺構がそのまま残っている貴重なものといわれています。
待賢門院堀河の歌碑が立てられています。
平安時代後期の歌人で、女房三十六歌仙の一人で、小倉百人一首でお馴染です。
(なかからむ心もしらす黒髪の乱てけさは物をこそおもへ)
庭の一隅に「仏足石」が置かれていました。
石仏が一所にお祀りされていました。
この地から発掘されたのでしょうか、石仏が置かれています。
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