岡山県の「高梁市」へ

| コメント(0)
 青春18切符を利用して、岡山県の北部、高梁市に行って来ました。
備中の小京都と呼ばれる町で、かねがね一度訪ねてみたいと思っておりました。

 例によって時間との競争で駆け足でしたが、この町が大変気に入ったので再度今度はゆっくりと歩いてみたいと思っております。


 まず「備中松山城」に行って来ました。
 三の平櫓東土塀(国重要文化財)です。 
takahasi1.JPG

 三の丸跡に立つ説明版です。
takahasi2.JPG

 左から、六の平櫓、五の平櫓、そして天守閣です。
takahasi3.JPG

 天守閣(国重要文化財)です。
takahasi4.JPG

 二の丸と高梁市街を望みます。
takahasi5.JPG

 左は五の平櫓、右は六の平櫓 広場は本丸跡です。
takahasi7.JPG

 歌碑が立っています。
 (松山の渓を埋むるあさ霧に わが立つ城の四方しろくなる) 与謝野 寛
takahasi9.JPG

 城址からの眺めです。
takahasi10-1.JPG

 眼下の高梁川の眺めです。
takahasi10.JPG


 高梁商家資料館です。
takahasi14.JPG

 石火矢町ふるさと村です。
takahasi15.JPG

 武家屋敷 旧折井家です。
takahasi16.JPG

 頼久寺です。
 暦応2年(1339年)足利尊氏が安国寺として建立した禅寺です。
 国指定名勝の小堀遠州の作庭といわれ、江戸初期の禅院式枯山水の庭園として有名な庭園があります。
takahasi18.JPG

 庭園です。
takahasi20.JPG


takahasi21.JPG

 薬師院泰立寺です。
 寛和年間985〜987に花山法皇によって開基されたと伝えられています。
「男はつらいよ」でロケ地となって有名になったようです。
 旧制高梁中学校の発祥の地との石碑が建っていました。
takahasi23.JPG


 列車の時刻の関係で帰路、井倉駅で下車、井倉洞に立寄りました。
 ここには60年前、岡山に住む学友と一緒にバスで1時間かけて満奇洞を見学し、その後、この地にに訪れた記憶がありますが、その記憶も定かでなく、ただ懐かしいの思いで立寄りました。
 高梁川に沿って、井倉洞があります。岡山県の天然記念物に指定されています。
 高梁川にそそり立つ240mの絶壁の壁面に入口があります。
takahasi26.JPG

 このような立派な橋が架かっています。
 昔はどうなっていたのか思い出せませんが。
takahasi27.JPG

 洞窟の中の一部です。
ikura1.JPG

 洞窟の中の「見返りの池」です。
ikura2.JPG

コメントする

2020年3月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

このブログ記事について

このページは、Kが2012年3月 7日 18:54に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「白峰の「雪だるま祭り」」です。

次のブログ記事は「四国「高松へ」」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.2.10